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起き上がる大学生

内定を勝ち取るために頑張ります。

2/23→4/14→6/3

オナ禁の習慣のない人が、いきなり1ヶ月以上することは間違っていると思う。

 

インターネット上では、オナ禁でモテモテになるとか、オナ禁で頭が冴えわたるなどのお話がよくされている。

 

私もその話を信じた1人だ。

早速オナ禁を始めた。途中頭が良くなってきたのも感じたし、女性からモテてる気もした。特にこの3日間は。

 

でも1ヶ月目の今日、すごい鬱になった。ストレスに耐えきれずポルノなしでリセットした。

 

女性は本能的に妊娠しやすい人に惚れるらしい。

最高に後悔した。

 

だが鬱が治った。これはなぜか?

インターネット上で調べた。

そもそも性欲は食欲、睡眠欲に並ぶ欲求である。当然欲求は並大抵のものではない。それを慣れていないのに長期間我慢すると、かえってストレスになってホルモンのバランスを崩す可能性があるとのこと。

 

人はオナニーを害と思っている。

確かに、オナニーは性犯罪を減らす効果があるので公に発表されていないが、医学的に害であると発表されている。これは事実だ。

だが、私が本当に害だと思うのは、ポルノ中毒だ。ポルノ中毒に関しても脳を萎縮させる働きがあることが発表されている。実感するにこちらを重視して守っていれば自然と効果は出ると思う。

 

なぜオナ禁は良いのにセックス禁はないのか?なぜ広義に射精禁と呼ばないのか?そして、オナ禁の記事、掲示板の書き込みにはオナ禁ではダメで、いじらない、エロ関係を一切見ないことを正道とするエロ禁をした方が効果があるといわれる記事が増えてきているように思うんだ!

 

つまり、過度な射精は問題だが、本当の問題はポルノ中毒にあり、エロ禁をすることで改善が狙えるのではないかと筆者は考えるんだ!!

 

 

だから、僕が今日30日ぶりにリセットしたのは正しいんだ!!!(超自己完結)

あひゃひゃひゃー!!!!僕は正・・

 

後悔。。。。。

 

次はよくある感じで100日試して見ます。経過つきで。

できたら本当にモテてるか確かめるために告白してみようと思います。

 

百聞は一見に如かずというか、

自分が体験することで真実を暴くよ。

概要

彼女いたことが10年前に3ヶ月しかない僕が、オナ禁(排尿時以外触れることを禁止)とエロ禁(インターネット広告以外全て)を100日間すると、彼女はできるのか。

 

10日後エロ禁破り1日あり

 

亜鉛は1番安いDHCたまに取ろうかな。

ユーチューブアップしようかなこの企画。

 

2/23→6/3。

2/23→4/14→6/3でいきまーす!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分自身を自覚する。

おれは自分自身を自覚した。

いじめられ、虐げられてきた8年間。

誰かに助けを求めることもできなかった。ただ罵倒され続け、相手が嘘をいったことを黙って無視するだけの日々。 なんどもおれの立場で喋るべき被害の訴えを他の奴にされ続け、していないことをしたことにされ、おれはここまで落ちた。

 

もうあの時間は戻ってこない。

彼女をつくることだって、貯金だって、友人を作ることだって、今頃彼女と結婚について相談しながらどの家を買おうか考えている道もあったはずだ。

なんでもできたはずだ。

人生において青春を謳歌するために、そういうプロセスを踏むべきだった。

 

高校までは調子に乗った罰として受け入れよう。その後が問題。おれは経歴やキャリア設計に決定的な傷を負った。

 

この傷を負ってもまだ足りないということはありえない。

おれが1番被害を受けている。

 

もうあの時間は嘆いても戻ってこない。

だが、これからの時間なら変えることができる。

今おれは完全に自覚して、主観を取り戻した。人生において1番重要な時間を失ったことは確かだ。

だがおれは今、正常に動けている。

何をすべきかは答えが出ている。

 

間違った方向に進まないように注意しつつ行こう。

 

 

時間対効果。失敗から学ぶことの重要さ。

 

時間やお金を投資したならば、

結果や見返りがなければ意味がない。

一度失敗したならば、

その失敗がなぜ起きたのか論理的に説明できるぐらい分析して同じ過ちを起こさないようにするのが普通だ。

 

10時間寝て起きてから本を3冊と半分読んだ。

1年ぐらい前、おれが単発派遣で稼いだ金を投資してブックオフから買ったものだ。

大体が10年以上前ので108円である。

今日改めて読んで、全く本の内容が身についていないことに気がついた。そして、そういう生き方をおれはずっとしてきたんだと今更気がついた。

 

中学は少し勉強すれば世間体を保てるぐらいにはなった。だから失敗から学ぶことがなくてもいけた。というか一回勉強すれば全部覚えているぐらい頭がよかった。

 

だが、高校はずっと逃げた。

全く勉強せず、アウトプットとして模試を受けては復習しない。運良く国語で150点が取れればよしとする。何一つ身につかない日々。

 

今日学んだのは結果が出なければ、ただの自己満足で時間とお金の無駄だということと一歩の前進という結果さえあればそれを肯定していいんだということだ。

 

人は死に向かって生きている。

死ぬまでの時間は有限でかけがえのないものだ。無駄に送ってはいけない。

 

今日ようやくガードの愚かさを理解した。結局自分の定義が周りから見てどうかということにとらわれていたおれは、

多浪で普通の大学に進んだ時点で努力することをやめ、虚無主義者、権威主義者になることで周りの批判をし、自分を正当化しただけだった。

 

なぜここまでなってしまったのかといえば、理想の設定と行動がミスマッチし続けたからだ。ギャップについて考えることができずに願ってばかりいただけだからだ。

できない自分を棚に上げての発言はありえない。

 

勉強すれば幸せになる。自分や子供の将来に多く投資できる。格差社会を生き残るためには勉強は必須だった。

失敗を見つめることすらせず、努力しなかったおれには、努力しても結果を出せない状態や環境を作り出したおれには、相応のレールがひかれていた。

ただそれだけだ。

 

 

本当に辛い日々だった。

だが頑張ることができれば、最後には頑張っていない人(=昨日までの自分)より甘い果実を得られるとある著者は信じていた。

 

僕も信じよう。

勉強は自分の存在をかがやかせ、人生における次のステージに登るためのものだ。

 

 

 

恋人も作りたいし、結婚したいし、こどももほしいし、それなりの収入もほしいし、趣味もほしいし、健康も生きがいもほしい。

欲があってこそエネルギーが生まれるという。このエネルギーで人は欲を叶えるためには何をすべきか考える。これが普通。

 

だがおれはこの回路が故障していて理想を幻想としかとらわれなくなり、欲のない何もしないできない人間になっていた。この欲の代替は睡眠欲、食欲、性欲など瞬時に満たせる欲を満たすことだったのだろう。ひどい生き様だ。

 

だがもう終わりにしよう。

過去を引きずるのも、1番上から眺めて悲観的になって逃げるのも。

 

24歳!諦めるな!幻想じゃない!

努力すれば手に入るんだ!!!!!

理想を叶えるためにはどうすればいいか考えるんだ!!!

 

勉強以外道はない。

スキルアップの勉強またはコミュニケーション能力や性格の向上などかあげられるが、みんな勉強により得られるものだ。

 

就活寸前の今のおれにできることは少ない。だが、働きながら独学で難関資格をとる猛者も存在する。

 

人生を諦めるには早すぎる。

 

つか脈絡なさすぎるよ文章。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おれはガードにこだわりすぎた。

おれは自分の自尊心を削るガードをしすぎた。

 

(立場わきまえつつ、努力していくで異議なし。自尊心削ってガードする必要なく、普通にtake no noticeで、OK)

 

たとえば、誰かが僕をバカにしてきたり笑ってきたとする。普通なら気にする人もいると思うが、おれは全く何も思わない。むしろ相手を哀れむ。

なぜなら、おれは自分なりのガードをしているからだ。

 

バカにしてきた人をAとする。Aはおれに勝る何らかの優越があって、おれをバカにして笑っている。この時Aは純粋におれもしくは、おれの属する社会との比較をすることでバカにして笑っていると思われる。

 

おれはAのような奴が来た時、心理上に無理やり第三者のトップレベルの人間Bを持ち込む。

たとえば、学力でバカにして来たなら東大医学部B、ハーバード大学生B、企業人がバカにして来たなら彼らを相手にする時間すらないトップ企業のトップの人間Bを入れる。

 

そうすると大抵のAは、自分の世界で偉いだけのかわいそうな人にしか見えないし、就職していくところも自分の価値観で満足しているだけでトップの人から見れば何ともない企業であろうからなんとも思わなくなる。特に大学学部が学歴フィルターで少しでも外資その他に引っかかるような大学の場合哀れむのだ。

 

この人は自分の世界で偉くて下を見下して笑っているが、本当はある企業の人事には相手にもされないのだと。今後も勝手に就職先に満足し、僕を馬鹿にしてくるのかなと。まるで昔の自分を見ているような気分で見るのである。

 

さっき書いたように、僕はどんな人間であろうと、大学生ならハーバードの日本人大学生、企業人なら彼らの10~15倍の年収を稼ぐ平均年収6000万のゴールドマンサックスの社員さんと比較するので、心理上優位に立てる。(たまに知り合いの東大医学部生の助言をうけることもある。)

 

たまに僕がおめでとうというと、中には僕が無理しておめでとうっていってるのわかったけど、あははと大勢の前でいうかわいそうな学歴でいえば日東駒専君や、学歴ロンダリング君もいるが本当におめでたい人たちだなと思える。

 

この見方は大抵の攻撃に無関心をもたらす優れた見方であるし、昔の自分のようなかわいそうな人を量産することで、自分の過去を隠すことができるものであるが、まー、タイトルから分かる通りこの見方にはデメリットがある。

それは常にトップレベルと自己との比較が生じるということだ。

たしかに、彼らから見れば年収400万と年収650万程度の差も、なんかよくわからない社会的地位の差も小さい背比べでしかない。しかし、それは自己と6000万との差を意識したということでもある。

 

この視点を乱用すると、まず自分に自信など持てない。昔のような自己満足から調子に乗ることは起こりえない代わりに自身の質が悪くなり、パフォーマンスも下がるだろう。人への害を減らした結果自分への害がうまれている。

結果的に、自身の結果を出すことができないので、(ある価値観で)優秀な人の餌食になり続けるスパイラルから出れないという悪循環に陥る。

そして、心理上どんなに優位にたとうと、社会においてかれらに優位があるようにしか見えない。

妄想ではないが仮想にすぎない。

というか彼らは私の実力がないからバカにしているのであって、私に実力があればなにもいえないだろう。

わたしも現実を生きる必要がある。

 

どうすればいいのか?

 

もちろん答えは決まっている。

かれらの攻撃をうけとめ殴り返すための努力をしていけば良いだけだ。

 

何年前か忘れたがおれが最初にこのガードを発動させ始めたのは自分への戒めと対東大理系や対旧帝国大理系のためだった。

自分が2度と中学でいう定期考査400/500とか、高校でいう県3位ぐらいの結果で人を馬鹿にした態度をとらないようにという戒めと、浪人時代全く成績の上がらなかったおれが彼らに勝てる要素がほとんどないと思った事実からこのガードを作ったのだ。

 

だがどうだ?

今じゃ明らかにある企業が学歴フィルターに引っかけるだろう、またある企業が代表取締役オア重要ポストに絶対にしないであろうMARCHや日東駒専レベルにこのガードを使うはめになっている。

というかこのレベルじゃたとえば国家総合職の内定及び出世においてかなり不利になるってことはおれじゃなくても分かる。彼らが僕をどんなに笑おうと、ある価値観では暗黙の了解で不利な学歴だ。

ある省の国家総合職の東大比率は50%付近にあるという事実を知らない人はいないだろう。

 

これを直接言おうものならかれらにはおまえが1番下だからなとか絶対いわれて終わるが(笑)

 

こんな奴らにおれは自尊心を削っている

のかーというショック、そしてこの見方の乱用により行き着く先はもっと下かもしれないという予測とおれは虚無ることで自分の努力から逃げただけではないかという疑問がうかぶ。

 

つかこの見方されたら周りの人嫌になるだろうなー。必死で生きてたらマジで関わりたくない。

 

ということで、

ガードをといて殴り返そうと思う(心理的に)

殴り返せるほどの実力をつけようと思う。暗黙のジャブぐらいは入れたい。

大体かれらのいうことは

それで?の連呼かすごいねー、

と返すだけでジャブにはなってしまうが

肝心なのは高い立場から言わないといけないことだ。

 

そうしないと彼らは自身の発言がすごくないことに気がつかず、こちらがいうことを負け惜しみだと感じるだろう。

 

とりあえず立場わきまえつつ、努力してくで異議なし。マーチレベル、学歴ロンダリングに自尊心削ってガードする必要なく、普通に無視でオーケー。

必要なのは殴られつつ努力して前進する気持ちだな、

 

また成長できたなー自分。

 

実現可能な理想の現実化のためには

何ができるのだろうか。

 

俺には理想というものがない。

なぜなら何度もこうありたいと願いつつもたいした努力もせずに達成できない自分を見続けてきてしまったからだ。努力しても結果を出せない自分を見続けてしまったからだ。俺の辞書において理想は幻想でもある。

 

底辺スペックと化した俺は完全に自信を喪失し、なにかを望む気持ちすらなかった。

 

だが多分俺は一部分だけ見れば並の大学生なのではないか、とも思い始めた。笑われたインターンの選考を通過しているし、期待のインターン選考も一次試験は通過できている。それについて底辺スペックの俺は喜ぶべきなのかもしれない。

 

就活でもおそらくエントリーで切られなければ一次は通過できるところがあるのではないかと思う。

 

俺はあまりに高いところに目標を設定し過ぎることで失敗し続け必要以上に自尊心を下げてしまったのかもしれない。

期待のインターンに落ちた時は素直に死にたいと思ったほどだ。

実力がないのにプライドが高すぎる。実力とプライドのバランスが取れていない結果、自尊心が低くなって自信が全く持てない状態になっている。なにもできないと思い込み、継続的なアルバイトすら挑戦できなかったのはこのせいだと思う。

 

まず今までの自分を認めることが重要なのではないか。

筋トレは生活面でだってよくやっていると思うし、あのいじめを受けて通学し続けているのもすごいと思う。授業料以外は自分で払っている点(奨学金3万含むが)も認めるべきではないか。

 

ここからできることは中身を作ることだ。面接を通過できるような深みのある話。大学生活で頑張ったことをつくることも重要だし、自分がどう生きていきたいか知り、やりたいこととやりたくないことを選別した上でやりたいことをすることで幸せになろうとすることが重要だ。

前ので願望を書き連ねたが、行動を起こさないと今までと同じで、なんらかの努力のステップ(目に見える形で結果の残るもの)を踏まなければ願望実現に至らない。

 

自分1人で継続したことだけでなく、社会とかかわりつつ継続した行動をとらないといけないのだとも思う。

 

まずはなにより自分のしたいことのできる就職をすることが第1段階として必要だと思った今日この頃である。

 

 

未来から目をそむけずに

 

廃品のリサイクルというのがある。

どんなものでもそれが鉄からできていればお金に換えられる。ただのごみだって原料がスチールやアルミの缶ならお金にかわる。紙だったらお金に変わらなくてもまた生まれ変われる。

私は同様にどんなものでもそれが人体から構成されていれば利益を生むものか、社会的に貢献できるものになりえると信じている。逆もありえるけど。

私は本当にひどい人生を送ってきた。

グレて同級生と張り合おうと考えたことも何度もあったし、このまま1人で生きていこうと思ったこともあった。

でも実際は違う。

友人だって、恋人だって、子供だって、家だって、自立だって、自由だって欲しい。

人生は一度きりなんだから誰かが望んだように生活する必要なんてないって思う。

どんな廃品だってリサイクルできると信じたい。

人と比べて完全に負けて笑われてたって、自分が一番つらいめにあってる事理解して自分大切にして後悔しないように生きていくことがここから最低限できてくることだって思う。

3年の1月にして、人並みの人生を送れる存在になりたいと思う。